2026年11月3日火曜日

バイク堀井バイク

 


 

ストーリーなどではたまに流してますが、
今日はバイクについて綴ります。
時は16歳まで遡ります。
当時、高校生となり、初めて自分で金を作る手段である
アルバイトができるようになり、何をしようかと
友達4人で話した気がします。
正確にお伝えすると、中学時代から夏休みには
親戚が経営していた、型枠大工の置き場で
帰ってきた資材に付いたコンクリを叩き落としたり
パイプをまとめたり、ユニックの助手したり
最後の方には、現場で鉄筋に番線巻いたりしていたので
この場合の”初めて”という意味は、
社会って場所でコネツテ無しで金作りをするということ。

実際、親戚に小遣いもらうのと、会社組織に加入するのでは
大きく違いがあったのだが、結果どこに決めたかというと
只々、同時に4人を雇えるというだけの理由で近所のスーパーになった。
まあ、裏方なら良いじゃないと思っていましたが
当時、坊主の校則を突き破り、少し髪が長かった自身は
他の3人とは違い、レジ打ちに配備されてしまい
その日のお値打ち品や、単品野菜の価格を記憶するなどの作業
さらにはバーコードは存在しない為、オール手打ちと
想像とは違うステージが用意されたのだった。

そんなモンスターも混じる列を、bpm120位で捌いていく
事を求められる毎日は、いつしかブラインドタッチを可能にさせ 
終盤は下駄でムーンウォークが踊れるようになっていた。
そんな予想外の社会デビュー故
どれくらいの期間、続いたか覚えていませんが
『俺に、ジルバは似合わない』と店長に言い残した感じで
教習所の資金が貯まったくらいで辞めた記憶が残ります。

その後、高一の夏休みに中型免許を取得し
ホンダのジーダッシュを親戚から譲り受けたのが
自分名義の初バイクとなりました。
そうなると、さて保険だ整備だで、バイク屋と関わる事となるのですが
近所にあるのは、三つ四つ上の先輩が屯するバイク屋があるのみ。
一つ二つは、体感できるが、その上の世代となると未知との遭遇レベル
この伏魔殿へ足を踏み入れたことにより、バイクとの関わりが深くなっていくのだが
この続きは次回に記したいと思います。



2026年10月27日火曜日

桧原湖W杯 最終戦


 

 今日は先日行われた、
桧原湖ワールドカップ第五戦の模様をお送りします。
その前に、
『あれ、第四戦は?』
と思う方がいるといけないのでお伝えすると、
第四戦は、紅葉が始まりかけた磐梯山を眺め
湖上を八時間走り回りましたが両者とも、まん丸の丸坊主。
MI6の情報では、スパイが前日に全てのバスを釣りきったらしく
日本に魚が一匹も存在しない状態だったとのことなので
第四戦の開催は秘密裏とされました。

では第五戦はどうだったかというと
状況は風速4メーター
最高気温12度 最低気温2.3度
前日との気温差10度前後と一瞬でも気を抜けば
「ここで俺は何をやってるんだ?」
と思うコンディションでしたたが、これが
自然だもの….  あつお

無風も釣りには良くはないのですが、4メーターの風の中を
エレキでコントロールするのは難しく、風裏を探し
シャローから5~6メーターラインまで様々なリグで
探りましたが6~7時間は音沙汰なしでした。
今日もスパイが暗躍していることを疑う自分を抑え込み
打つこと開始から8時間、40ジャストのスモールに
会うことが出来ました。

今年の桧原湖W杯は全五戦となりました。
慣れない山上湖の過酷な自然での遊びに
付き合ってくれた参加者には感謝してます。
本当ありがとね。では結果発表ですが

優勝 イギリス代表 デコ
準優勝 日本代表 堀井
ビックワン賞 イギリス代表 デコ

以上が受賞者となります。
来年は王座奪還を目標に、二人で楽しめれば何よりです。

 

 

 

 

2026年10月14日水曜日

NAS #016


 

 

"NAS"




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行く? 引く? 散る。其の三


前回からの続き

植え込みの中で反対になったバイクはなんとか一人で上下を正しくした。
すると植え込みにピッタリと車体がハマり、タイヤ前後に縁石があり
車体を動かすには、前後に勢いをつけたい所がそうも行かず
240kgの車体は山の如し。
広めの植え込みに横たわるバイクという異常な景色から抜け出すべく
何度か全力で挑みましたが山の如しパート2
残り少ないゲージを使い火事場の的な30秒を使いましたが山の如しパート3

車での待機を余儀なくされ、早いか遅いか分からない時間を過ごす中
レッカー車がやって来てくれた。
状況を説明すると、一先ず植え込みから出しましょうとなり
自身がハンドル、レッカーの方が後方のグラブバーに分かれ
せーのーで入力。流石二人パワーで4~5回目には車道に車体を出せました。

あらぬ方向に曲がったフロントフォークや屈折したリムは痛々しいが
エンジンはかかり問題ないようなので転がすことが可能かとなった時
レッカーの方が、さてここで的に
『まだ、現着前とするので自走できそうなら¥0ですよ〜』的なことを。
レッカーとなると10キロでも1~2万位はアベレージな世界みたいで
こちらとしては抑えたいコストを考えると、ありがたいお話しで
丸呑みさせていただきました。ありがとうございました。

ですが、エンジン走行は厳しく、明日手配予定のレッカーまで
保管する場所があればと農家に再訪し、
『最速で退かすので敷地内に置かせてください』
とお願いすると、先ほどのご主人のお孫さんの
お母様が対応&お許しいただき、大変助かりました。

後日、ヤマト営業所と農家にお礼を伝える挨拶をした際、農家のご主人が
最初は戸惑い気味でしたが、突然庭にバイクを置きに来た奴と
思い出してくれたらしく、多少緩んだ表情で
『ちょっと待ってて』みたいに感じに納屋を行ったり来たりなので
立ち止まっていると、ビニール袋に入ったじゃがいもを見つけ
『うちは農家だからこれしかねーから』と手渡されました。
美味しいじゃがいも本当にありがとうございました。

痛みは伴いましたが、優しさを感じることが出来た出来事となりました。

 

 

 

 

2026年10月8日木曜日

行く? 引く? 散る。其の二


 

 

前回からの続き

それは家から15分位のコーナーで起こりました。
栃木のバイクで15分は東京の感覚とは違い、大分距離が伸びます。
家まで歩けば、恐らく1時間以上はかかる場所だったと思います。
道路脇の植え込みの中で上下反転したバイクを放置し、
家を目指し歩くには終わりがなく思い、他に手段がないかと周りを見渡すと、
すぐ脇に大きな農家以外は何もなく、あとは林と田んぼ。

選択肢無しと覚悟を決め、その農家の門を抜け母屋に歩み寄ると
こちらに面した部屋の中に80前後だと思われるご夫婦が居られました。
頭を下げながら近づくと、ご主人が窓を開けてくれました。
事情を説明しましたが、ここでは突然の来訪者は珍しく相当困惑させてしまい
『今、二人だけで分からないから、あっちにあるヤマト運輸に行けば』
と仰られました。当時は『ぬお〜、玉砕』と思いましたが
今思えば、この面構え+胸にはシャロン テート殺害で名を馳せた
赤目のチャールズ マンソンがプリントされた男が来たら誰でもそうなるなと思います。

仕方なく、徒歩20分程にあるヤマト営業所を目指します。
そこで事情を説明すると、一人の男性が、汗だく土まみれの自身を見て声をかけてくれ
『どうしました?大変だ、体は大丈夫? 』
『はい、なんとか、でもバイクが』
などの会話。すると
『仕事終わったから、家まで送るよ』
と早々に言っていただき、一旦家に戻ることが出来ました。
ゴトウさん、力をお貸しいただき本当にありがとうございました。

自宅着後、近隣にバイク屋が無いかと検索しましたが、時間は18時を過ぎていて
あたる所全て空振り。ではレッカーしかないと要請した後、車で現場に向かいました。
現場待機にあたり、最初に行った農家に許しを頂くため、再度訪問すると
ご主人の孫にあたるだろう30前後の男性が出てきて、優しく対応していただきました。
それから、1時間以上は待ったでしょうか、レッカー到着。
そこでも、優しさに触れたのですが、続きは次回に記したいと思います。
 

 

 

  

2026年10月4日日曜日

行く? 引く? 散る。


 

 

秋の兆しを感じる近頃はエッジの効いた太陽光の中、
澄んだ風が通過していく、最高に心地よい日が続いています。
雨天も都会じゃ湿気ですが、こっちだとマイナスイオンと
受け取り方次第。
栃木の朝晩はアンダー15度くらいでひんやりし始め、
夏の尻尾が見えてきたようです。
そんなこんなの2026夏、色々ありました。
 

まず第一に事故りました。
緩やかなカーブを曲がりきれずコースアウトしました。
いつもはなんて事なく通過するコーナーでしたが
その時はバイクを倒して進入時、リアタイヤがムニュムニュした気がして
反射的に体勢を立ててしまい、アウトの縁石にヒット
車体は縦に一回転。自身も一本背負いを食い歩道に着弾。
原因は不明ですが考えると、乗車前に3〜4時間、
テラスに防腐剤の塗装作業をしていて
シンナー未経験の体には、十二分だったのかな、
と結論付けました。仁義一家では御法度です。
不幸中の幸い、体は擦り傷、打ち身程度で済みました。
でもバイクは50日の入院。バイク、ごめん。

馬鹿は相変わらずのようで、痛みが伴わないと学べないままでした。
如何に突き抜けるかがバイクだと思っていましたが
無事に帰ってこそ、を忘れていたと思います。
今後は、景色をそこそこ楽しみながらトコトコ行くよう心がけます。
後、そんな馬鹿を許してくれてありがとう、でこ。

次回は、そんな窮地の中、人の優しさに触れ、助けられた話を綴ろうと思います。

 

 

  

2026年9月29日火曜日

4ストローク


 

 

東京は34日連続の雨降りで記録更新中

今年の夏は栃木で過ごす時間が多く、栃木って雨多いな

と思っていましたが、列島全体での状況らしく

千葉の印旛沼決壊や土砂崩れなど各地で水害が起きています。

栃木の家は幸い、そう言った自然災害はありませんでしたが

区生活と比べると、自然に近いため

様々な対応が必要となってきます。

キツツキや、アリの行列や、野良牛を警戒したり

はぐれメタル並みと予想していますが、熊との遭遇も

想定内に入れないといけません。

 こうして生活環境を変え始めて感じたことがあります。

それは自分自身の内装リフォームです。

染みついた都市型スタイルの視野、肌感、それと体内時計は

 まるで2ストロークのようでレスポンスが高く

自然に囲まれると少しピーキーに感じます。

今後は、4ストロークに積み替え作業を進め

風切らないで、ドコドコいわしていけたら幸いです。

落ち着いていこか〜、俺。 

 

 

  

2026年9月8日火曜日

"未定都市" 548 MiteiToshi.


 

 

"未定都市"




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2026年9月6日日曜日

NAS #015


 

 

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2026年9月5日土曜日

NAS #014


 

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2026年9月4日金曜日

2026年9月3日木曜日

檜原湖に来た後にした香


 



先日、檜原湖第3戦に参加してまいりました。

参加者は自身とDECO

以上2名のワールドカップとなります。

現在順位はウェイトでは自身

Big One賞はDECO

予断は許せない状態です。

何はともあれ、自然の中に存在する異型異種が関係を持てる釣りと言う

行為は、未確定の未来をより刺激的にできる方法だから好きです。

釣れる釣れないもですが、

想像を働かせて出逢いたいと思うが

それを超えることを見せてくれる場所は

刺激的で綺麗です。

第三戦は、念願の出会いの直後、天候が悪化し

雷雨の中、雨を受けながら全開で走るボートの背後で稲妻を目撃し

ワンド奥木の下に避難をするという

魚との別れを惜しむ暇もない

劇的な展開でした。

そんな時間を共有できる存在があることもありがたい事です。

第四戦は果たしてどうなるか、10月開催予定





2026年8月19日水曜日

フリースタイル東北 其の2


 


前回からの続きを記します。

その日は、本州北端を見れればと

十和田湖から奥入瀬渓流沿いの102号と103号で

北上し青森市を目指しました。

できれば大間か今別を目指し、

マグロに賭けた男たち のレジェンド漁師に会いたかったですが

青森市で『ねぶた祭り』が開催されるとのことで

青森市に止まることにしました。

未計画が生むミラクル。

錦絵は好きな方なので、ねぶたを見ると

版画から飛び出し、3次元化した山車は力強く綺麗でした。

あれは、五右衛門だね〜とか妻と楽しめました。

翌日は日本海に沿う101号を南下し

青森県西津軽郡にある十二湖を目指しました。

ここには青池という綺麗な池があるらしく

片道15キロのコースを組み自転車で目指す作戦を実行しましたが、

自然が強いのか、自分が弱いのかのどちらかで

13キロ程、進んだところで引き返しました。

以前は毎日12キロ走っていたのでなんとかなるかと思いましたが

起伏が東京とは桁違いで

500メーター続く坂道なんて普通ですけどって感じで

あっという間に乳酸に抱かれました。当然、

今日はこれぐらいにしてやるか

と呟き済みです。




その後は秋田県にある八郎潟を目指します。

ここも、バスが生息するフィールドで

30年前ぐらいのイメージは、デカトップを食ってくる

ワイルドな魚の宝庫でしたが

自身に会いに来る魚はいませんでした。

田植えの時期で周辺の稲作は農薬散布シーズン。

流入する水質が良くない時期だったと

分かったようなフリをして

例のあれを呟いておきました。

その後は、一気に山形を飛び越え270キロ南下し新潟県へ移動

一休みし、そのまま上京しました。

トータル約1800キロの旅はこうして終えました。

色々ありましたが、

許すことを覚える事ができた旅となりました。

ありがとうございました。



2026年8月18日火曜日

フリースタイル東北




 

少し前に、フリースタイル東北旅から戻りました。

車に自転車と竿を積み込み、気分気ままに東北を走る旅です。

東北地方は、30代の音楽をやっていた時

宮城県仙台や青森県弘前に呼んでいただいたりしましたが

当時は夕方に着き、深夜ライブを行い

ホテルに泊まり、朝帰るが基本で

人には良くしていただいたが

土地を知るまでには至りませんでした。

その後、40前後の時、妻と青春18切符を使い

東北を巡りましたが、時期は真冬で

大吹雪の中、二両編成の電車の中から

荒ぶる日本海を見て、The 東北を感じました。

今回の旅は夏の東北、車移動という事で

今までよりも自由度が高まることもあり

なるべく予定は組まないようにし、明日は何をしたいかという

閃きに従うことにしました。

初日はスモールマウスバスが生息している

宮城県黒川郡大和町にある七つ森湖を目指します。

現場に着くと湖は夏の太陽でボーボーになった雑草で覆われ

水面に近づけない状況でした。

それでも10メーター先にある湖面に近づこうと

藪漕ぎで身長ほどある雑草をかき分け進みましたが

早々に、拳2個ぐらいの糞を発見し

今日は許してやるか

と小声で呟き早足で車内に戻りました。

足元のそれは、TVニュースの世界と自己環境にあいた距離を

ぐぐっぐっと詰めるには十分でした。

次に目指したのは岩手県盛岡市上田松屋敷にある、北上川。

ここもバスが生息する場所ですが

2~3メーター減水しており、アプローチできる場所が少なく

唯一見つけた場所も遠浅で

今日は許してやるか

と心の中で呟き、後にしました。

その夜、盛岡市に戻ると

東北5大祭りの『盛岡さんさ踊り』

に遭遇し、得した気分になりました。

盛岡を後にし目指したのは、聞いた事があるけど見た事ない存在の

十和田湖。

深さが300メーターオーバーと知り、見えない恐怖を感じながら

雨の後の十和田神社を巡りました。






その後は青森市を目指し、奥入瀬渓流を北上。

奥入瀬渓流は道路と渓流が同じ高さで並走する林道で

霧に包まれた景色は脳内GPSを気持ち良く狂わせました。

ある程度生きてきて、良くも悪くも出来上がったと思う自身に

まだまだでしょ

と自然に言われた気がして、兜の緒を締め直せました。

長くなったので

青森からの話は、次回に記します。

ありがとうございました。









2026年8月6日木曜日

2026年7月13日月曜日

Good morning.




 

ベッドの上の午前4時半頃、何かを感じてぼんやり目が覚めた。

何処かで何かが動き回るような気配がするが、隣を見ると妻はまだ寝ている。

もう一度、アンテナを立ててみると家の周りを徘徊するような足音を感じる。

それも複数の足音だ。

昨今は子供が、金に目が眩んで強盗をする。

都会だろうが田舎だろうが、そんな心配が必要とされる時代になったようだ。

自身も馬鹿な若気の至りに覆われた時もあり

偉そうなことは決して言えないが

当時は悪事を働くとしても、もう少し道徳心?があったような気がする。

人を傷つけるには、相当な覚悟とリスクを持ち、そのストーリーに突入していたと思う。

『昔は良かった』

この感覚は今を否定しているようで大嫌いだが、今と昔の変化は否応なしに感じてしまう。


そんな中、とうとう匿流に目をつけられたかと

少し心拍数を上げながら2階の窓から庭を覗くと

牛だ。牛がいる。

我が家は、少し離れた場所に動物と触れ合えるキャンプ場があり

そこで飼育されている3頭の牛が、うちの庭の雑草駆除の最中だった。

外に出て、確認すると3頭の牛は目をキラキラさせて自由を満喫していた。

一番若い子はスキップするように走り回っている。

妻と協力し、なんとか帰宅させようと試みたが2対3と状況は不利で、

そもそもパワーの格が違い、素手でのコントロールは不能であった。

妻に牛の行方を見守ってもらい、その間自身は

キャンプ場の管理棟に知らせに行くが不在。

電話も通じず、どうしたものか状態となった。

できることは牛達を追跡しながら、連絡を続けることだけ。

暫し、牛散歩を味わっていると1時間ほど経った時

連絡が繋がり、キャンプ場スタッフがやってきて

リードをつなぎ、なんとか帰宅させる事ができた。

この場所に来て迎えた

Good モーningとなった朝だった。

追伸 またおいでね、ムームー。