2026年7月13日月曜日

Good morning.




 

ベッドの上の午前4時半頃、何かを感じてぼんやり目が覚めた。

何処かで何かが動き回るような気配がするが、隣を見ると妻はまだ寝ている。

もう一度、アンテナを立ててみると家の周りを徘徊するような足音を感じる。

それも複数の足音だ。

昨今は子供が、金に目が眩んで強盗をする。

都会だろうが田舎だろうが、そんな心配が必要とされる時代になったようだ。

自身も馬鹿な若気の至りに覆われた時もあり

偉そうなことは決して言えないが

当時は悪事を働くとしても、もう少し道徳心?があったような気がする。

人を傷つけるには、相当な覚悟とリスクを持ち、そのストーリーに突入していたと思う。

『昔は良かった』

この感覚は今を否定しているようで大嫌いだが、今と昔の変化は否応なしに感じてしまう。


そんな中、とうとう匿流に目をつけられたかと

少し心拍数を上げながら2階の窓から庭を覗くと

牛だ。牛がいる。

我が家は、少し離れた場所に動物と触れ合えるキャンプ場があり

そこで飼育されている3頭の牛が、うちの庭の雑草駆除の最中だった。

外に出て、確認すると3頭の牛は目をキラキラさせて自由を満喫していた。

一番若い子はスキップするように走り回っている。

妻と協力し、なんとか帰宅させようと試みたが2対3と状況は不利で、

そもそもパワーの格が違い、素手でのコントロールは不能であった。

妻に牛の行方を見守ってもらい、その間自身は

キャンプ場の管理棟に知らせに行くが不在。

電話も通じず、どうしたものか状態となった。

できることは牛達を追跡しながら、連絡を続けることだけ。

暫し、牛散歩を味わっていると1時間ほど経った時

連絡が繋がり、キャンプ場スタッフがやってきて

リードをつなぎ、なんとか帰宅させる事ができた。

この場所に来て迎えた

Good モーningとなった朝だった。

追伸 またおいでね、ムームー。





2026年6月17日水曜日

"HUNGER"#476 HONDA CUB


 


近所に放置された緑のバイクが一台あった。 1970年代に発売されたそのバイクは錆ながら、動くことなく5年程はそこに置かれていたと思う。 そのくたびれた風景にどこか惹かれ撮影した数日後、その場からバイクが無くなった。 街はきれいになったのだろうが、少し寂しかった。 人に必要とされ、生み出され、いつしか不要とされた鉄とプラスチックの集合体は、 鼓動を忘れて、風景とある意味で同化している。 その風景の内側で足を止めると、耳を掠る 『こんな筈じゃなかっただろ...』という叫び声。 その声を僕の中に残すことで介錯人となり、とどめが刺せたら幸いです。 放置バイクを媒介とし身近にある”刹那”を撮影したこの本は、 人の所業がつくる風景を記録した、鎮魂の写真集です。



There was a green motorcycle that was left nearby. I bet it which was sold in the 1970s was left there for about five years without being moved covered in rust. I was captivated by the quaint landscape, so I took some photos. A few days later, the motorcycle disappeared from there. The city might have become cleaner, but I miss that landscape. The assortment of plastic and iron that was needed, produced, and then gradually not needed anymore by humans, kind of blended into the landscape. When I stop at the scene, the voice, like a roar, "It wasn't supposed to be this way.... ", grazes my ear. If I were to become a second witness of the samurai period by keeping that voice in my heart and after that I would deliver the finishing blow, I would be glad. I created the photo book using the abandoned motorcycle to capture a familiar moment. It is a photo collection of soul's requiem that documents the landscape created through human responsibility.









ATSUYA HORII PHOTOGRAPHY


website url atsuyahorii.comsuyahorii.com









2026年6月15日月曜日

52歳、無職、バイク買う


 


15の夜、盗んだバイクで走っていた。

無灯火で地元駅までの道を走っていると、パトカーとすれ違い

振り返るとUターンする姿が見えた。

相見えない状況であるがゆえサヨナラモードにスイッチを入れ

アクセルを捻りながら前方に顔を戻すと

前方2〜3メートル左右に二つの光が目に入ってきた。

そこからの記憶は全く無く、覚えているのは

色々な物が散乱する現場で履いていたはずの靴を

素足でウロウロと探すシーンだった。

後からパトカーの警察官に聞くと

対向車線から飲酒運転の車が、追い抜きのため自身が走る車線に出てきて

正面衝突したらしく、衝突後、自身は車の屋根よりも高く

宙を舞い、ボンネットに落下後、地面に着地したと言っていた。

警察官は『死んだと思った』とも言っていた。


そこから、2ヶ月間の入院生活が始り、

1年以上、両足に膝の曲りを制御する装具をつけ松葉杖が必要な生活だった。

両膝の靭帯を3本切断し、肋骨も何本か折れていたためだ。

退院後も長期にわたり曲がらない膝を曲げる

リハビリ治療が必要となりは過酷だったことを覚えている。


写真は事故後、警察署に保管されたDJ-1 R

前回お伝えした基地移動のため、押入れを整理していて

出できたポラロイド写真である。

こう見ると、自分でも生きているのが不思議になるほど

フロントの原型がない。

当時、誰かが

『衝突事、身構えると体が硬直し、衝撃を体で受けてしまいダメージがデカい』

と言っていた。

自身の場合は振り返り様で、身構えることができずに衝突したことにより

バイクが衝撃を吸ってくれ死には至らなかったと考えている。

全てが自業自得だった。

あらためて、迷惑をかけた全ての方々には伝えたい。

めちゃくちゃ、ごめんなさい。


何はともあれ、生き残った15の夜から40年弱

懲りもせずにバイクとの縁は続いている。

ジーダッシュから始まり、

KR-1S VT GPZ アドレスV TW スカイウエーブ 

リード ドラッグスター CBXと。

 ここ10何年は遠距離恋愛が続いていたが

先月からめでたく同棲を再開する事ができた。

無職だけど。

そんな奴にも、二輪の相棒は分け隔てなく、車にはない感覚を与えてくれ

バイク乗りだけが知る、あの時間を蘇らせる。

終のバイクとして迎えたT120よ、死ぬほど気をつけて行くから

よろしく頼むよ。


次回予告『やったー、ラッパーになったー』でお送りいたします。





2026年6月11日木曜日

"HUNGER"#475 HONDA Dio





近所に放置された緑のバイクが一台あった。 1970年代に発売されたそのバイクは錆ながら、動くことなく5年程はそこに置かれていたと思う。 そのくたびれた風景にどこか惹かれ撮影した数日後、その場からバイクが無くなった。 街はきれいになったのだろうが、少し寂しかった。 人に必要とされ、生み出され、いつしか不要とされた鉄とプラスチックの集合体は、 鼓動を忘れて、風景とある意味で同化している。 その風景の内側で足を止めると、耳を掠る 『こんな筈じゃなかっただろ...』という叫び声。 その声を僕の中に残すことで介錯人となり、とどめが刺せたら幸いです。 放置バイクを媒介とし身近にある”刹那”を撮影したこの本は、 人の所業がつくる風景を記録した、鎮魂の写真集です。



There was a green motorcycle that was left nearby. I bet it which was sold in the 1970s was left there for about five years without being moved covered in rust. I was captivated by the quaint landscape, so I took some photos. A few days later, the motorcycle disappeared from there. The city might have become cleaner, but I miss that landscape. The assortment of plastic and iron that was needed, produced, and then gradually not needed anymore by humans, kind of blended into the landscape. When I stop at the scene, the voice, like a roar, "It wasn't supposed to be this way.... ", grazes my ear. If I were to become a second witness of the samurai period by keeping that voice in my heart and after that I would deliver the finishing blow, I would be glad. I created the photo book using the abandoned motorcycle to capture a familiar moment. It is a photo collection of soul's requiem that documents the landscape created through human responsibility.









ATSUYA HORII PHOTOGRAPHY


website url atsuyahorii.comsuyahorii.com