先日、檜原湖第3戦に参加してまいりました。
参加者は自身とDECO
以上2名のワールドカップとなります。
現在順位はウェイトでは自身
Big One賞はDECO
予断は許せない状態です。
何はともあれ、自然の中に存在する異型異種が関係を持てる釣りと言う
行為は、未確定の未来をより刺激的にできる方法だから好きです。
釣れる釣れないもですが、
想像を働かせて出逢いたいと思うが
それを超えることを見せてくれる場所は
刺激的で綺麗です。
第三戦は、念願の出会いの直後、天候が悪化し
雷雨の中、雨を受けながら全開で走るボートの背後で稲妻を目撃し
ワンド奥木の下に避難をするという
魚との別れを惜しむ暇もない
劇的な展開でした。
そんな時間を共有できる存在があることもありがたい事です。
第四戦は果たしてどうなるか、10月開催予定
前回からの続きを記します。
その日は、本州北端を見れればと
十和田湖から奥入瀬渓流沿いの102号と103号で
北上し青森市を目指しました。
できれば大間か今別を目指し、
マグロに賭けた男たち のレジェンド漁師に会いたかったですが
青森市で『ねぶた祭り』が開催されるとのことで
青森市に止まることにしました。
未計画が生むミラクル。
錦絵は好きな方なので、ねぶたを見ると
版画から飛び出し、3次元化した山車は力強く綺麗でした。
あれは、五右衛門だね〜とか妻と楽しめました。
翌日は日本海に沿う101号を南下し
青森県西津軽郡にある十二湖を目指しました。
ここには青池という綺麗な池があるらしく
片道15キロのコースを組み自転車で目指す作戦を実行しましたが、
自然が強いのか、自分が弱いのかのどちらかで
13キロ程、進んだところで引き返しました。
以前は毎日12キロ走っていたのでなんとかなるかと思いましたが
起伏が東京とは桁違いで
500メーター続く坂道なんて普通ですけどって感じで
あっという間に乳酸に抱かれました。当然、
今日はこれぐらいにしてやるか
と呟き済みです。
その後は秋田県にある八郎潟を目指します。
ここも、バスが生息するフィールドで
30年前ぐらいのイメージは、デカトップを食ってくる
ワイルドな魚の宝庫でしたが
自身に会いに来る魚はいませんでした。
田植えの時期で周辺の稲作は農薬散布シーズン。
流入する水質が良くない時期だったと
分かったようなフリをして
例のあれを呟いておきました。
その後は、一気に山形を飛び越え270キロ南下し新潟県へ移動
一休みし、そのまま上京しました。
トータル約1800キロの旅はこうして終えました。
色々ありましたが、
許すことを覚える事ができた旅となりました。
ありがとうございました。
ベッドの上の午前4時半頃、何かを感じてぼんやり目が覚めた。
何処かで何かが動き回るような気配がするが、隣を見ると妻はまだ寝ている。
もう一度、アンテナを立ててみると家の周りを徘徊するような足音を感じる。
それも複数の足音だ。
昨今は子供が、金に目が眩んで強盗をする。
都会だろうが田舎だろうが、そんな心配が必要とされる時代になったようだ。
自身も馬鹿な若気の至りに覆われた時もあり
偉そうなことは決して言えないが
当時は悪事を働くとしても、もう少し道徳心?があったような気がする。
人を傷つけるには、相当な覚悟とリスクを持ち、そのストーリーに突入していたと思う。
『昔は良かった』
この感覚は今を否定しているようで大嫌いだが、今と昔の変化は否応なしに感じてしまう。
そんな中、とうとう匿流に目をつけられたかと
少し心拍数を上げながら2階の窓から庭を覗くと
牛だ。牛がいる。
我が家は、少し離れた場所に動物と触れ合えるキャンプ場があり
そこで飼育されている3頭の牛が、うちの庭の雑草駆除の最中だった。
外に出て、確認すると3頭の牛は目をキラキラさせて自由を満喫していた。
一番若い子はスキップするように走り回っている。
妻と協力し、なんとか帰宅させようと試みたが2対3と状況は不利で、
そもそもパワーの格が違い、素手でのコントロールは不能であった。
妻に牛の行方を見守ってもらい、その間自身は
キャンプ場の管理棟に知らせに行くが不在。
電話も通じず、どうしたものか状態となった。
できることは牛達を追跡しながら、連絡を続けることだけ。
暫し、牛散歩を味わっていると1時間ほど経った時
連絡が繋がり、キャンプ場スタッフがやってきて
リードをつなぎ、なんとか帰宅させる事ができた。
この場所に来て迎えた
Good モーningとなった朝だった。
追伸 またおいでね、ムームー。
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15の夜、盗んだバイクで走っていた。
無灯火で地元駅までの道を走っていると、パトカーとすれ違い
振り返るとUターンする姿が見えた。
相見えない状況であるがゆえサヨナラモードにスイッチを入れ
アクセルを捻りながら前方に顔を戻すと
前方2〜3メートル左右に二つの光が目に入ってきた。
そこからの記憶は全く無く、覚えているのは
色々な物が散乱する現場で履いていたはずの靴を
素足でウロウロと探すシーンだった。
後からパトカーの警察官に聞くと
対向車線から飲酒運転の車が、追い抜きのため自身が走る車線に出てきて
正面衝突したらしく、衝突後、自身は車の屋根よりも高く
宙を舞い、ボンネットに落下後、地面に着地したと言っていた。
警察官は『死んだと思った』とも言っていた。
そこから、2ヶ月間の入院生活が始り、
1年以上、両足に膝の曲りを制御する装具をつけ松葉杖が必要な生活だった。
両膝の靭帯を3本切断し、肋骨も何本か折れていたためだ。
退院後も長期にわたり曲がらない膝を曲げる
リハビリ治療が必要となりは過酷だったことを覚えている。
写真は事故後、警察署に保管されたDJ-1 R
前回お伝えした基地移動のため、押入れを整理していて
出できたポラロイド写真である。
こう見ると、自分でも生きているのが不思議になるほど
フロントの原型がない。
当時、誰かが
『衝突事、身構えると体が硬直し、衝撃を体で受けてしまいダメージがデカい』
と言っていた。
自身の場合は振り返り様で、身構えることができずに衝突したことにより
バイクが衝撃を吸ってくれ死には至らなかったと考えている。
全てが自業自得だった。
あらためて、迷惑をかけた全ての方々には伝えたい。
めちゃくちゃ、ごめんなさい。
何はともあれ、生き残った15の夜から40年弱
懲りもせずにバイクとの縁は続いている。
ジーダッシュから始まり、
KR-1S VT GPZ アドレスV TW スカイウエーブ
リード ドラッグスター CBXと。
ここ10何年は遠距離恋愛が続いていたが
先月からめでたく同棲を再開する事ができた。
無職だけど。
そんな奴にも、二輪の相棒は分け隔てなく、車にはない感覚を与えてくれ
バイク乗りだけが知る、あの時間を蘇らせる。
終のバイクとして迎えたT120よ、死ぬほど気をつけて行くから
よろしく頼むよ。
次回予告『やったー、ラッパーになったー』でお送りいたします。
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さてさて、久しぶりにキーボードを叩いております。
理由は自分でもわかりませんがそんな気分なようです。
だからと言って、何かがあるわけでもなく
そんな気分なのです。
これは誰かにとかではなく、自分に当てた備忘録だと思うので
好き勝手に記します。
気づけば、両親から生まれ半世紀以上が経ちました。
未だ心配ばかりさせ、恩返しもできず、相変わらずですが
今があるのは二人の愛のおかげです。
ありがとうございます。
振り返ると色々ありました。
小学で万引きで呼び出し、中学では警棒を手にくくりつけ登校
盗んだバイクで事故を起こし、
高校もタンランボンタンで暴走し
1学期終わりに『あと1日休んだら留年な』と言われ
その後も2~3回事故り、
Y31を親フルローンで手にし、返すことなく
二十歳を越えて夜な夜なクラブに通い音楽を始め
形にすることもせず、離婚、逮捕、などなどの、
親不孝と言われるフルコースをこさえてきました。
こんなことを書くのは悪さ自慢ではなく、この部分をすっ飛ばして
今を語るには、自分に嘘をつく気がするので書き残してます。
ただ、恥ずかしいのは確かですが、後悔はありません。
それがあって、今があるのも確かなのです。
自分は無計画で行き、失敗して初めて理解する生き物らしく
未だ変わらず繰り返しの毎日。
ですが、いい加減半世紀もポンコツやってくると
ポンコツなりに考えるようになり、それをどう活かすか考えることを覚えました。
周囲はたまったもんじゃないと思いますが、自分の中での処理方法は
定まった気がしてます。
そんな道中、ブッチやモミジの命ってやつにも触れさせてもらい
日々の生活や、現実を言い訳に、明日も生きてるつもりで
いつかはと先送りにする自分に、都度都度、
お前はどう生きるんだと教えられました。
ありがとうございます。
そろそろ、他者との背比べは卒業し、自分との真剣勝負を始める時が来たようです。
何度目だよ、とも思いますが
まずは基地を東京から、なんのゆかりも無い栃木に移しゼロスタートします。
これができるのも自力ではなく、
両親やデコ、家族があってのことなのは事実です。
ありがとうございます。
栃木の基地は素晴らしく、この上無しな環境です。
そうなると、後は己次第となり、言い訳が効かない。したくない。
最終ステージ突入です。
『俺には夢がある、両手じゃ抱えきれない』
BGMは大好きなあの人の曲。
自分に残された時間の量は知りませんが、これからも
自分がかっこいいと思う表現を続けます。
どんなものを生み出せるのかわかりませんが
形に拘らず曝け出す覚悟です。
そうすれば死ぬ時、少しは笑えるんじゃないかと思う次第です。
Good Day to Die
次回予告 『52歳、無職、バイク買う』でお送りいたします。
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