2019年3月11日月曜日

The Reality of Fukushima. 銘肌鏤骨





御託を並べさせて頂く。

8年が経ち忘れている自分がいる。いまだに苦しむ人がいるのにだ。

だから振り返って見る。あの当時、写真で生きたいと思い始めた頃、

福島で起きた放射能問題。

記録したいと言う名目で、見たいと言う感情を満たすため

現地に向かった。

夜な夜な現地に着くと始めに海岸線を目指した。

崩れた防波堤や散らばるテトラポットの向こうで波が音をたてている

そこで感じた恐怖は強烈だったし、

死に包まれてる気がした。


起きたことは消せないし今を生きるしかないなら

せめて未来に活かしたいと行きたい。

あの時写真を撮りに行って良かったと思う。

写真が備える記憶は鮮明で見返すと思い出せる。

何にもできないが、忘れちゃダメなのが忘れないことで

生き物としてのマナーじゃないかと自身に思い出させる作業を助けてくれる。

辞書で調べたら銘肌縷骨 めいきるこつ

肌に銘じ骨に鏤むことらしい。

忘れやすい俺には必要な言葉だ。


何もしないならせめて

悲しい思いをしたままの人がいることは忘れないのが礼儀だ。

礼儀忘れてました。御苦労様です。

御託を並べさせて頂きました。失礼しました。
























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